結論
政府は2026年8月25日、生成AI事業者に学習データの開示などを求める「プリンシプル・コード」を策定しました。罰則はなく、法的拘束力もありません。ただしサイト運営者にとっては、robots.txtによるクローラ拒否が「政府文書に位置づけられた意思表示」になったという点が実務上の変化です。AI検索での引用を狙う企業は、拒否と露出のトレードオフをこれまでより明確に判断する必要があります。
内閣府は2026年8月25日、生成AI事業者が守るべき知的財産権保護と透明性のルールを定めた「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」を策定・公表しました。2025年12月26日に案が公表されてから約8か月、2,161件のパブリックコメントを経ての確定です。
報道の見出しは「学習データの開示要求」「海外企業にも適用」「罰則は見送り」に集中しています。ただ、この3点だけでは自社に何が起きるのかは見えません。本記事では原文にあたり、①何が決まったのか ②自社は対象になるのか ③罰則がないのになぜ効くのか ④サイト運営者側から見て何が変わるのかの4点を整理します。
何が決まったのか
プリンシプル・コードは3つの原則で構成されています。
| 原則 | 内容 | 誰に向けたものか |
|---|---|---|
| 原則1 概要開示 |
使用モデル・学習データ・クローラの情報と、知財保護の取り組み状況をコーポレートサイトで公開する | すべての人 |
| 原則2 権利者への開示 |
訴訟・調停・ADRを行っている、または準備している権利者から照会があった場合、示されたURLが学習データに含まれるかを回答する | 権利者 (法的手続き中) |
| 原則3 利用者への開示 |
生成物と似たコンテンツを見つけた利用者から照会があった場合、そのURLが学習データに含まれるかを回答する | 生成AIの利用者 |
原則1で開示が求められる範囲は、報道で伝えられているより具体的です。使用モデルについては名称・識別子・バージョン、公開日を含む来歴、アーキテクチャ、利用規定、トレーニングプロセスの内容。学習データについてはデータの種類、ウェブクロールや第三者から取得した非公開データセットに関する事項、合成データの利用有無と目的。そしてクローラの目的・データ収集期間・名称・識別子までが列挙されています。
見落とされがちなのは、この「学習データ」にRAG(検索拡張生成)で用いるデータが明記して含まれている点です。「モデルの学習には使っていない」という説明では、開示対象から外れません。
自社は対象になるのか
対象は「生成AI開発者」と「生成AI提供者」です。日本国内に本店や主たる事務所を持たない海外事業者でも、日本に向けて提供している場合は対象とされています。
一方で、原文は適用対象の切り分けにかなりの分量を割いています。BtoB企業が確認すべきは次の点です。
対象外になる典型例
▸ 1社が保有するデータのみで特化させた生成AIを、そのデータ提供者だけに提供している場合
▸ 特定の企業グループ内のデータのみを使い、そのグループ内だけで使うシステムを提供している場合
▸ 生成物が「意思決定に資する統計的データ・推論結果」にとどまるサービス
▸ 既存の著作物の創作的表現を直接感得できない生成物が中心のサービス
対象になりうる例
▸ 汎用モデルのライセンスを受け、特定業界に特化させたAIサービスを複数社に提供している場合。ただし求められる対応は、汎用モデルに付加した部分に限定される
受託開発で構築過程の一部だけを担う事業者や、公衆への提供を行わず研究開発にとどまる者は、原則として対象外です。
罰則がないのに、なぜ効くのか
この文書に法的拘束力はなく、罰則規定もありません。営業秘密やセキュリティに関する機微な情報の強制的な開示を求めるものでもないと明記されています。
採用されているのはコンプライ・オア・エクスプレイン——原則を実施するか、実施しない場合はその理由を説明する、という方式です。コーポレートガバナンス分野のスチュワードシップ・コードなどを参考にしたと本文に書かれています。
実効性を支える仕組みは3つあります。
1つ目は受入れ状況の可視化です。原則を受け入れる事業者は、コーポレートサイトで受入れ表明と各原則の実施事項を公表し、内閣府知的財産戦略推進事務局に届け出ることが期待されています。事務局は届出のあった事業者の一覧と各社の公表ページへのリンクを公表し、業界に届出を促します。ただし事務局は届出内容の審査を行わず、第三者からの照会にも回答しないと自ら書いています。認証や格付けの制度ではありません。
2つ目は説明の質を問う仕組みです。原則2・3について「体制構築ができていない」と述べるだけではエクスプレインとして不十分であり、体制構築が完了する時期を説明するものとされています。また、利用規約にオーバーライド条項(原則の適用を撤廃・制限する規定)があることを示すだけでも不十分で、なぜその規定を設けているのかの説明を要すると明記されています。
3つ目は、年1回以上の見直しです。公表事項は原則として毎年見直し・更新し、更新した場合はその旨も公表することが期待されています。一度出して終わりにはなりません。
サイト運営者から見て、何が変わるのか
ここが、AI検索対策に取り組む企業にとって最も実務的な論点です。
原則1の「知的財産権保護のための措置」に、次の一文があります。
ペイウォール等のアクセス制限やrobots.txt等の機械可読な指示に従うクローラの採用等に取り組むこと。権利者による適切な措置のため、ユーザーエージェントごとに上記の措置を公開し、変更時には通知すること。
つまりrobots.txtによる拒否は、政府文書のなかで「尊重されるべき意思表示」として位置づけられたことになります。あわせて、AI事業者側にはユーザーエージェントごとの対応方針を公開し、変更時に通知することが求められます。どのクローラがrobots.txtを見ているのかが、これまでより確認しやすくなる可能性があります。
原則2も、サイト運営者に直接関係します。自分の作品と同一・類似の生成物を見つけた場合、法的手続きを行っているか準備していることを前提に、作品掲載ページのURLを示して、そのドメインがクロール対象に含まれているかを照会できる——というのが本文に示された典型例です。ただし濫用防止のため、手数料や回数制限を設けることも想定されています。
AI検索での露出とのトレードオフ
ここで、GEO(生成エンジン最適化)に取り組む企業には判断が必要になります。
robots.txtでAIクローラーを拒否する自由は、今回の文書によって後押しされました。しかし拒否すれば、AI検索の回答から自社が消えます。OpenAIは公式に、検索用クローラーであるOAI-SearchBotをブロックするとChatGPTの回答に表示されなくなると説明しています。Googlebotを拒否すればAI OverviewsとAIモードからも消え、この2つは分離できません。
調査ではサイトの73%が何らかのAIクローラーをブロックしているとされています(Otterly/2026年2月)。その多くは、意図した判断というより設定の放置やWAFの既定値によるものです。
今回のプリンシプル・コード策定は、「拒否するか、露出を取るか」を意識的に決める必要性を高めました。コンテンツを保護したい事業と、AI検索経由での発見を取りにいく事業とでは、答えが変わります。BtoBでは発注先選定の75.0%がAI検索を利用し、82.3%がそれまで知らなかった企業を発見しているという調査もあり(Piftee/BtoB企業 n=196/2026年6月)、露出側の価値は小さくありません。
重要なのは、この判断を「なんとなくブロックしたまま」にしないことです。まずは自社のrobots.txtとWAFの設定を確認し、どのクローラーを通し、どれを止めているのかを把握するところから始まります。
これまでの経緯
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 2025年5月 | AI推進法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)成立 |
| 2025年12月26日 | プリンシプル・コード(仮称)案を公表、パブリックコメント開始 |
| 2026年1月26日 | 意見募集締切。2,161件の意見が寄せられる |
| 2026年4月23日 | AI時代の知的財産権検討会(第12回)で参考資料として配布 |
| 2026年8月18日 | 同検討会(第13回)で最終案を提示、了承 |
| 2026年8月25日 | プリンシプル・コードを策定・公表(「(仮称)」が外れる) |
企業として、いま確認しておくこと
AI開発・提供事業者かどうかで、やることが分かれます。
生成AIサービスを提供している企業は、まず自社が対象に入るかを判定してください。業界特化型のAIサービスを複数社に提供している場合は対象になりえます。次に、モデルカードや利用規約など既存の公開文書に、原則1が挙げる項目がどれだけ含まれているかを棚卸しします。RAGで読ませているデータの内容を説明できる状態にしておくことは、情報漏えいや監査の観点からも必要です。
コンテンツを公開している企業は、robots.txtとWAF・CDNの設定を確認し、どのAIクローラーを許可・拒否しているかを把握してください。そのうえで、事業として拒否するのか露出を取るのかを決めます。あわせて、AIの回答に自社の古い価格やサービス内容が引用されていないかを点検しておくと、今回の原則2・3が想定する場面にも備えられます。
よくある質問
プリンシプル・コードに従わないと罰則はありますか
ありません。法的拘束力もなく、罰則規定も置かれていません。ただし原則を実施しない場合は、その理由を説明することが求められます(コンプライ・オア・エクスプレイン)。「体制構築ができていない」と述べるだけでは説明として不十分とされ、完了時期の説明が求められます。
海外のAI事業者にも適用されますか
日本国内に本店または主たる事務所を持たない事業者であっても、生成AIシステムやサービスが日本に向けて提供されている場合(日本国民が利用できる場合を含む)は、適用を受けるとされています。ただし法的拘束力がないため、実際に受け入れるかどうかは各事業者の判断になります。
自社でChatGPTを業務利用しているだけでも対象ですか
対象外です。プリンシプル・コードが適用されるのは、生成AIシステムを構築して公衆に提供する「生成AI開発者」と、生成AIを組み込んだサービスを公衆に提供する「生成AI提供者」です。公衆への提供を行っていない利用は含まれません。
いつから適用されますか
この文書は法令ではないため施行日という概念がなく、受け入れる事業者が自主的に対応し、コーポレートサイトでの公表と内閣府知的財産戦略推進事務局への届出を行う形で運用が始まります。公表事項は原則として毎年見直すこととされています。
出典
- 内閣府「生成AIの適切な利活用等に向けた知的財産の保護及び透明性に関するプリンシプル・コード」(2026年8月25日策定)
https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/ai_kentoukai/kaisai/pdf/ai_principle_code.pdf - ITmedia AI+「政府、AI事業者向け『知財保護ルール』策定 対象範囲・運用方針は?」(2026年8月25日)
- 日本経済新聞「生成AIの学習データ、事業者に開示要求 政府が知財保護で原則案」(2026年8月18日)
- Otterly「AIクローラーのブロック率調査」(2026年2月1日)
- Piftee「BtoBの発注先選定におけるAI検索利用調査」(BtoB企業 n=196/2026年6月8日)
※本記事は2026年8月26日時点の公表情報にもとづいています。プリンシプル・コード本文には、事業者の対応状況や国際的な動向を勘案し、必要があれば改定を含めた対応を行う旨が明記されています。最新の内容は一次資料をご確認ください。
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